にんにんができるまで

 

シングルで5人の子供を育てました。
シングル家庭…よくある今どきの事です。
ただ、違ったのは、当時では珍しく5人の子供たちがいました。
そして、4番目はADHDという軽度発達障害で、5人目は生まれてから
片方の肺に酸素が入らず、嚥下作用(飲み込む動作)も上手にできず、2歳まで
生きられないかもしれないと言われ、ずっと在宅酸素療法というのをしていて、
毎日、痰の吸引も必要で、これは医療行為となるため、医療関係者や家族でないと
行ってはいけないことでした。
その為、シングル家庭になったとき、働きに行くこともできず、病気を抱えていた
親に世話を頼むこともできず、親の介護、祖母の介護と重なり、どうすることも
できない日々を送っていました。

幸いにも私は、IT系の仕事を長年していたこともあり、在宅である程度の収入を
得ることができましたが、どこかに預ける必要性もありました。

そんなときの預け先に困りました。

何とか、子どもたちを育て上げることはできましたが、自分の娘たちが結婚し子育てを
するようになり、周りを見渡すと、娘たちと同じような年代の方々が、お子さんの病気の時の預け先に困っているのをたくさん見ました。

私も、一時は子どもの病気のことを話し、それでもかまわないと言われ、外で仕事をすることになりましたが、やはり、何度も病気になり、入院したりで、仕事を休まなくてはいけないときもありました。

すると一年更新だったその仕事は、更新はありませんでした。
そして、いろいろ面接を受けようとしましたが、必ず言われるのが、お子さんが病気の時どうしますか?
ひとり親だと、そのたびに休まないといけないですよね?

そう言われ、採用されることはありませんでした。

そんなことが繰り返され、ITの仕事をする傍ら、飲食業の仕事に就きました。が、朝9時から深夜12時くらいまで働き、なかなか、休むことは許されず、子どもが熱を出そうが、どんなに具合が悪かろうが、一人部屋に寝かせたまま、仕事に向かいました。
ただ、交通事故にあったとき、帰らせてもらえない状況に、辞めてもいいから帰ります!と無理やり帰ることもありました。


子どもを産み、育てることがそんなに悪いことなのか?と悲しくなりました。
子どもを産むことは罪悪感を産むことになるのか?
子どもがいるのは、私が今、生きている、生きてきたことの証です。
そのことに自信をもっていたい。

そんな思いを、今の、これから子育てする人たちに味合わせたくないという思いから
気持ちにゆとりをもって子育てしてほしいという思いから、病児病後児保育という仕組みを作りたいと思いました。

その思いに賛同してくれた仲間と共に、『にんにん』ができました。
子どもを思う気持ちはいつの時代も同じです。

子どもはみんなで育てましょう!
ひとりじゃないんだよ。周りに助けを求めましょう

 

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